ゴールの先に見えるのは、生きる意味。ひたすら考えさせられた【ひゃくえむ】アニメ映画レビュー(ネタバレあり)

アニメ映画

【YouTube紹介】

 

ふと目に付いた「ひゃくえむ」という題名と、
ポスターの赤と青の2人。

陸上アニメか。
正直、そんなに興味もなく、お正月にぼんやり観た。

あら、びっくり。
これは、ただの100メートル走の話じゃなかった。

走ること=生きること。
そんな問いを、真正面から突きつけてくる作品だった。

インターハイで1位を取るとか、
努力が報われて栄光を掴むとか、
そういう分かりやすいスポ根の物語ではない。

この物語の中心にいるのは、トガシという男だ。

彼は最初から足が速い子だった。
才能に恵まれていたからこそ、中学で記録が伸び悩んだとき、
走ること自体が苦しくなり、何もかもが嫌になってしまったのだと思う。

才能がある人間ほど、
「できなくなる瞬間」に耐えられない。

高校で陸上部に誘われたとき、トガシは一度断る。
それでも、もう一度走ってみた。
すると、楽しかった。

理屈じゃない。
身体が覚えている感覚が、彼をもう一度トラックに引き戻した。

インターハイで小宮に負け、
はっきりとした敗北感を味わう。
それでもトガシは、走ることをやめなかった。

実業団に入っても、
彼は「勝つため」だけじゃなく、
「走り続けるため」に走っていたように見える。

途中で登場する小宮、海棠、財津も同じだ。
100メートル、たった10秒の世界に、
それぞれが自分の人生そのものを叩きつけて走っている。

挫折。
絶望。
敗北感。
喪失感。

彼らが味わう感情は、どれも特別じゃない。
だからこそ観ている私たちは、
無意識のうちに自分の人生と重ねてしまう。

特に財津選手の言葉が胸に刺さった。

メンタルケアについて不安への対処法を質問されたときに彼は

不安は対処すべきではない。
人生は常に失なう可能性に満ちている。
そこに命の醍醐味があり恐怖は不快ではない。
安全は愉快ではない。
不安とは君自身が君を試す時の感情だ。
栄光を前に対価を差し出さなきゃならない時、ちっぽけな細胞の寄せ集めの人生なんてくれてやればいい。

最初はえ?
深すぎて意味わかんないってなったけど、よくよく考えてみるとそうだな!
と思いました。

財津選手の言葉に救われた気がしました。
最近、仕事の面でいろいろあり不安定だったんです。
わたし。

ありがとう、財津選手と思いました。笑

他にも、財津の後ろでいつも万年2位の海棠選手。
見た目は白髪髭まみれの50代。
わたし、漫画はみてないので年がわかりません。
だいぶ老体に見えました。笑

そんな彼も名言を残してます。

この世には俺が勝てない現実で溢れている。
次こそは自分が勝つと信じ切れている。
現実を全力で逃避する。
現実逃避は自分自身への期待だ。
自分を諦めてないという姿勢。
周りが否定しても自分を認める。
それが仕事。生きる意味。走る理由。

なるほど~。
現実逃避も悪くないもんだ。
自分を見失わないためには、そういう考え方も大事なんだなと感心しました。

人は、いずれ必ず死ぬ。
でも、そこに至るまでに
何を感じて、どう生きるかは、人それぞれだ。

走り続けた先にあるのは、
必ずしも栄光じゃない。
でも、幸福感だったり、
「これでよかった」と思える瞬間だったりする。

自分を認めてあげること。
それが、生きるということなのかもしれない。

だったら今日一日、悔いなく生きた方がいい。
そう、静かに背中を押してくれる作品だった。

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